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40代の探し物

はぴトレについて|August 25,2009 3:30 PM

最近、女性誌の表紙に「30代女子の…」とか「女は40から…」という、女性の年齢にスポットを当てたタイトルを見かけることが多くなりました。

「女性に年齢を聞くことはタブー」なんていう、そんなセンスなき不文律を未だに信じている人もいるけれど、当の女性は自分の年齢とファッションや生き方を客観的に見て、その中で年齢を自分のステップアップのひとつの目盛と捉えるようになったのかもしれません。
なによりも「もう三十路だから…」とか「40過ぎて…」などと、年齢だけを理由に女性を評価することもできないし、ましてや自分の年齢を言い訳にすることもできない、自分の本質が問われる時代になってきたことの表れだと思うのです。

不思議なことに、私は10代の頃から「女は40から」と思っていました。

40過ぎて、おっしゃるとおり、しみやしわやたるみが出てきたことには冷や汗ものですが、
40過ぎの女でいることは、なかなかオトナのオンナな感じがして、とても気に入っています。

20代では、周りの目が気になった。みんなと同じものがほしかった。
自分のことだけを考えていれば許される時代で、自分のことばかり考えたあげく、それでも見つからない何かと、その自意識に苦しくなったりしていました。

30代では、人と違うもの、個性を発揮できるものが欲しかった。
人と同じでなくてもいいことに気付き、人と違うことに価値を見出し、でも本物と思えるものはそう簡単にはみつからなくて、「個性」という違いにしがみついてみる…。
結構頑張っている30代女子(このフレーズも最近よく見かけます!)って、みんなそうじゃないかな。
自分は人と「ちょっと違う」ことに、自分のアイデンティティを求める年頃とでもいいましょうか。
その年頃の私は、仕事がどんどん増えて、子育ても真っ只中で、自分以外の何かに対して日々の時間のほとんどを費やしていました。
20代よりもぐっと人生の幅が広がったことで、やらなきゃいけないことがたくさんあって日々アップアップしたこともありました。
そして、その幅の広さゆえに、自分の人生の取捨選択をしなければいけない場面に立たされることも多く、迷ったり悩んだり…
でも、そんな10年を越えて、少しは社会のこと他人のことを考えるようになりました。
悩んだり迷ったりという経験から、自分だけでなく外を見る目ができた。
これが30代の大きな収穫だったと思います。

40代になって、ようやく他と比べる目が自分の中になくなって、みんなと「同じ」であることにも、みんなと「違う」ことにも、とらわれなくなりました。
つまり、ようやく自分で自分が求めるものへの判断ができるようになった。
その基準に自信を持つことができるようになりました。

つまり、自分で「本物」を選ぶようになったということ。

本物のサービス、本物の服、本物の食べ物、本物の人…お値段でも数でも量でも雰囲気でも肩書でもなく、本物であるかどうか、そこだけにこだわるようになりました。
だから自分の目指すところも「本物になりたい」と、そう考えるようになりました。

自分を「本物」にするための努力。
それは、自分をもっと高めたいという欲望。

もっと知りたい、もっと見たい、もっと感じ取りたい、今はそういう欲に突き動かされています。
もっと高い山に登りたい、そして見たことのない景色を見たいという衝動です。
40代でどこまでいけるのかわからないけど、それでももっと突き詰めたい。
そんな自分を高めることへの欲望が、40代になって、ぐっと高まってきました。

そして、それまでと大きく変わったことは「自分に何ができるか」ということについて、日々考えるようになったこと。
人に対してはもちろんですが、社会的使命というようなことを強く考えるようになりました。
私にとっての「生まれてきた意義」とでもいいましょうか。
そのために「自分を高めたい」と欲するようになったのかもしれません。
だから今は、自分のことを半分、世の中のためを半分というバランスで、物事を考えています。

40を過ぎると、自分の顔に人生が表れると言います。
自分の顔を左右半分ずつ鏡に映してみると、右と左で微妙に異なる印象を受けます。
その、どちらかが生まれ持った自分の顔で、そのどちらかがその後の人生で培った顔だそうです。
肝心の左右のどちらが人生を重ねた顔だったかは、忘れてしまったけれど、どちらの顔も今を生きる自分の顔に変わりはありません。
歳を重ねることを恐れたり、若さを妬んだり、無理して媚びたりしても、自分の顔にそれは出てしまうはず。
妬まず、媚びず、恐れずに。
潔く堂々と今の自分の人生をお天道様の下に晒すことができるように、これからも手を抜かずに自分を磨いて、歳を重ねていきたいと思います。

そうして迎える50代。
私はどんなことを感じているのか、今からワクワクしています。
そのとき、また自分の顔を、鏡でしっかり見ることが楽しみでもあります。
右半分も左半分もどちらもいい顔であるように、しっかり「本物」を見極めて、自分に恥じない今を積み重ねていきたい。

歳を重ねることが楽しみになるかどうかは、今をどう生きるかにかかっているのだと、そう思うのです。

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