Dec

30

ちゃんと暮れるということ

はぴトレについて|December 30,2009 5:54 PM

クリスマスがすんだと思ったら、もう年の瀬です。
大掃除に年賀状の準備、おまけに新年を迎えるためのアレコレと、気忙しい上に、相変わらず天気の話題のように、不況だデフレスパイラルだと。。。
みんなで、こんなのはつまらないと嘆きながら、それでもつまらなさを求めて突き進んでるような、つまり状況の悪さを嘆くのが時流の中心のような年の瀬。

どうなんでしょう。
たとえこれが100年に1度の不況でも、私たちのそれぞれの人生においては、仕方がないとあきらめるわけにはいかない大事な一年。
なのに、まだまだ来年も引き続き嘆く気マンマンで新年を迎えるなんて、そんな年の瀬でいいのかしら。
そう思っていた先日、テレビで視覚障害者のサッカー日本代表チームが、パラリンピックのアジア代表に選ばれたニュースで、そのキャプテンから素敵な言葉を聞きました。

「せっかく視覚障がい者として生きているんだから、一流の視覚障がい者としての人生を歩みたい。」

幼くして失明した彼が、この思いに辿りつくまでの日々がいかに険しいものであったか、想像に難くありません。
けれど、彼は自分の人生をその障がいもふくめて「せっかくの」と言ってのけたのです。
「どうせ」ではなく、「せっかくの」と。

この「せっかくの」という言葉、今こそ大切にすべきではないかと、とても心に響きました。
「どうせ」不況だし。「どうせ」しんどいし。「どうせ」できないし。
「どうせ」と嘆き「どうせ」に逃げ込んで、籠ってしまうことはとてもたやすいこと。
でも、それを「せっかくの」に変えれば、少しはつまらない日々から抜け出せるのではないかしら?
彼の人生には及ばなくとも、「どうせ」を「せっかくの」に変えれば、私たちの毎日も少しは変わるのではないでしょうか?

以前のブログにも書きましたが、私はカーテンを開けたまま寝ています。
日が落ちて、夜の闇がきたことを感じて眠り、日が昇り夜明けを感じて目覚めることが、自然でとても気持ちがいいから。
とはいえ冬の夜はとても長くて、朝がくる少し手前で、目が覚めることも。
そんなとき、白々と明ける空を見ながら思うのです。
確かに冬の闇は、深くて長い。けれども、その夜が明けたあとにやってくる朝は、夏のそれよりも澄んだ空気の中、透明で眩しい光をつれてきてくれる。
その透き通った朝のために、冬の闇はここまで深く長いのではないかとすら、思うのです。

夜は必ず明けて、朝を連れてきます。
年は暮れて、そして必ず明けるのです。

夜の暗さを嘆くより、ここはしっかりと自然のリズムにまかせて、体を休ませましょう。
また来る朝に備えて、しっかり眠れば、闇は気付けばすぎています。
年の瀬の闇をもがくより、ちゃんと暮れて、明ける年を待ちましょう。
「どうせ」不況だからとか「どうせ」良くならないからと闇を嘆くよりも、「せっかく」の不況。今こそ新しい楽しみ方を知るチャンスなのです。
今、辛い症状を抱えている人も、辛い症状を嘆くよりも、今はしっかりと「せっかくの」休息を満喫して、朝を待つことにしませんか。

ちゃんと暮れれば、必ず明ける。夜がきて、また朝が来るように。
年が暮れて、また明けるように。
それまでは「せっかくの」今をちゃんと過ごせばそれでいい。

今年のクリニックは、30日まで。
「せっかくの」年の瀬なので、気持ちよくお掃除して、スタッフ一同それぞれの暮れを満喫します。
ちゃんと暮れて、ちゃんと明ける。
「せっかくの」新しい年を迎えるためにも、ちゃんと暮れて、しっかりリフレッシュして、それぞれの朝と新年の眩しさを持って、またクリニックで皆さんにお会いできることを楽しみにしています。
「せっかく」なので、私もちゃんと暮れてきます。

もし今が、暗い闇の中だと嘆いている人がいるなら、大丈夫だよという思いがどうか届きますように。
ちゃんと暮れれば、ちゃんと明ける。
せっかくの「今」を、ちゃんと過ごせる年の瀬でありますように。
そうすれば、必ず光が朝を連れて来てくれるのですから。

みなさんがどうぞ良い年をお迎え下さますように。

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